屍鬼 読了

話の舞台は外場村。ここはモミの木に囲まれた山奥の小さな村で、人口は1300人程度。7月,8月の夏の真っ盛りに平和な村で小さな事件が頻発し、ついに死人が出た。ひとり死ぬと、次々とつられたように何人も死ぬ。心不全。老人の孤独死。女子高生の謎の突然死。偶然か?それとも何か原因があるのか・・・?

テーマはタイトルそのまま、屍鬼。しかばねの鬼。日本版吸血鬼もので、外場村から一歩も出ないクローズドサークル(閉ざされた輪)。全体の流れを簡単に言うと、
(1)で平和な村に異常が起こる所を描いて、
(2)ではそれが発展してどんどんエスカレートして行き、
(3)に入った途端に爆発して、一気にホラーじみて来る。
(4)でさらに加速度的に村に侵略が進み、
(5)で爆発炎上。
・・・という感じ。(1)と(2)が長い。5冊にも分かれていると(1)が丸々「起」で、しかも(2)もなっても淡々とそのままじわ〜っと怖くなって行くだけ。そのあたりのヒタヒタとした恐怖感はなかなか良かったが、まともに読んでいると話が遅くて、しつこい。「原因不明の死」を描くのはいいが、あれほど何十回も同じ事を繰り返さないといけないのか、疑問に思う。詳しく描きすぎて、スピード感がない。もちろん、それはそれで良いけど、忍耐が必要なのは確かだ。

屍鬼、吸血鬼、人狼。外場は卒塔婆から来ているのだそうで舞台設定もピッタリ。始めは度重なる死が伝染病のせいかと疑って、そちら方面で科学的に検査をしていたのに、「起き上がり」、屍鬼だと気がつくシーンが何ともあっけない。あまりにも「ありがち」な流れに脱力してしまった。しかもそれまで科学的分析、専門用語のオンパレードだったのに、屍鬼だと思いついた途端に突然ホラーになる。つまり、吸血鬼は日の光に弱いとか、信仰に関係するものには触れられないとか。雰囲気も話も、それまでとの落差に戸惑って、乗り越えるのにしばらくかかった。それから、全体にセリフが長い。何ページにも及ぶセリフや頻出する禅問答が、読んでいる時うざったくて、飛ばしてしてしまったところが実は沢山あった。

●キャラクターについて(ネタバレ)
屍鬼』は色んなキャラクターが出てくるので、誰が好きかでタイプが分かれるように思う。医者・尾崎敏夫や若御院・室井静信、屍鬼側にも村人にも、どこまでも「ありがち」ではあるものの、印象的な人物が沢山いる。私が好ましいと思ったのは夏野少年と医者・尾崎敏夫。特に好ましくない、目の前にいたらぜひとも一発ぶん殴ってやりたいのが若御院。

◎若御院
尾崎敏夫や夏野のように、非常時に強い人は好き。医者は確かに行き過ぎのところがあるけれど、きちんと立って、動いているだけ他の人よりずっと偉いと思う。それに比べて若御院は、一体何なのだ?この話はつまり、若御院が村に災厄を招いて、さらに自分の生まれ故郷を蹂躙していくのを大人しく最後まで眺めて、周りを見捨てておきながら自分は生き残ってその災厄に連れられていってしまったということか。自己中すぎてついていけない。・・・とにかく、もし若御院がやるべき事をやるべき時にきちんとやってさえいれば、村はああいう事にならなかったはず。
それにしても、屍鬼があふれる村の「お寺の主」がこういう人物だというのは、とても象徴的だと思う。古典的なヴァンパイアものには、必ず杭と十字架を手にした聖職者が出てくる。この優しくて考え深い若御院(ものは言いよう。)を見ていると、そのイメージに対抗しているのかもしれない、と感じた。
ていうか、コイツ、嫌い(どキッパリ)。どっちつかずでハッキリしなくて、とにかく今すぐどうにかしてくれ!!って感じ。こういう、やるべき事をやらないで平然としている人って、理解できないんだもの。自己中だし。・・ま、それがこの人だし、だからこそ『屍鬼』という話が成り立っているんだろうが、こういうキャラはとにかく嫌い!

◎沙子
沙子は初登場シーンからあからさまにあやしくて、よく喋るわりにキーキャラにしては弱いと思った。同じヴァンパイア・チャイルドでもInterview with the Vampireのクロウディアのような毒がないなと思っていたら、彼女はそれこそが特徴の子供なのだそうだ。・・・でも、その彼女の哀しみが直接描かれずに、淡々とした独白や第三者の語りだけで簡単に済まされているので、よく伝わってこなかったのは残念。あ、完全に余談だけれど、沙子がもしも少年だったらキャラ萌えしてたかもしれない。(笑)

等など、言いたいことは山ほどあるものの、終わりまで一気に読まされる文章の力はさすがだ。また、それだけ言いたいことが出てくるような世界が出来上がっている、ということでもあるわけだし。この本は読んだ人が気に入るとは限らないし、かえって気分が悪くなることもあるかも知れない。私は読後感が複雑で今はこの本が好きだとは言えないが、確かに大作あることは間違いない、と思う。時々、読んでも何も感じない本というのに出会うが、『屍鬼』はそれと正反対。恐怖、不快感、同情、悲しさなど、とにかく色々な感情を掻き立てられた作品だった。

卒塔婆
死者の供養塔や墓標として作られ,頭部に五輪形を刻み,梵字などを記した板木。よく墓のそばに刺さっている、細長い木片のこと。板状のものから、四角い柱のものなど色々なのがあるそうだ。