ハイペリオン 上・下

Dan Simmonsが1989年に発表したHyperionというSF作品の翻訳書で、『ハイペリオンの没落』『エンディミオン』『エンディミオンの覚醒』と続く全4部作の中の1作目である。ストーリーはまず7人の男女が宇宙船に乗ってハイペリオンという惑星に向かうという大きな流れがあり、その途上で6人がそれぞれ語った「ハイペリオンを訪ねたいというわれわれの動機」だという6つの物語が、相互に絡み合って大きなひとつ流れになっていく。
冒頭は話に慣れるまで少し時間がかかったけど、ひとりずつ語り始めてからは不思議で不気味な物語に夢中になった。謎だらけのまま話は『ハイペリオンの没落』へ続くらしいのでまだ全体像が見えないが、とりあえず続巻『ハイペリオンの没落』に期待。以下、一話ずつ冒頭の一文と紹介、感想を書きます。

<上巻>
1)"司祭の物語:神の名を叫んだ男" 
冒頭:「ときとして、善意に基づく熱意と背教のあいだには、紙ひとえのちがいしかないものです」
内容:ルナール・ホイト神父が語ったハイペリオンに住むというビクラ族の謎。奥地の村に住む彼らの人口はなぜかいつでも70人ちょうどで、<60人と10人>の「聖十字架の者」と自称する。その謎だらけのその村に潜入したデュレ神父と、彼を探しに行った若き神父ルナール・ホイトのいきさつ。シュライク登場。

感想:ホイト神父が語り始めるまでの50ページ足らずを乗り越えたら、その後は話に乗って終わりまで読めた。この話、すごく気色悪い!!これは他の話にも共通したことだけど、28世紀、今からたったの700年後にビクラ族みたいな生物が果たして本当に存在し得るかという点が、まずSF(サイエンス・フィクション)としては大いに疑問だ。不条理で謎だらけで、気色悪いと思いつつも最後まで一気に読まされてしまうこの迫力は、SFというよりむしろ理論・理屈なしのホラーやファンタジーに近い気がする。こんなのサイエンスであってたまるか!

2)兵士の物語:戦場の恋人
冒頭:フィドマーン・カッサードが、のちに生涯をかけて捜しつづける女に出会ったのは、アジャンクールの戦いでのことだった。
内容:訓練生だったカッサードは、仮想の戦場である女と知り合った。やがてFORCEの大佐となるカッサードのアウスターとの戦いの遍歴と、あちこちで出会う不思議な女とのいきさつ。シュライクと<時間の墓標>が登場。「時間の流れに逆らって、時潮が<墓標>を遡行させているのよ」

感想:この話は、宇宙船や戦いのシーンの連続で出来ていて、その合間にカッサードと女の逢瀬が挟まるという感じ。個人的には、殺伐とした殺し合いと、カッサードの命が危なくなると何故か女が現われて、突然盛り上がって濡れ場に突入の繰り返しという印象。

3)詩人の物語:『ハイペリオンの歌』
冒頭:初めに言葉ありき。つぎにワードプロセッサーなるしろものが現われた。おつぎは思考プロセッサー。最後に文学の死。
内容:オールドアース生まれの詩人マーティン・サイリーナスは、詩集『終末の地球(ザ・ダイイング・アース)』が爆発的に売れて巨万の富を成した。だが詩想を失い、富も名声も失ってハイペリオンの国王に救われたサイリーナスと、彼の詩『ハイペリオンの歌』のいきさつ。<時間の墓標>が登場。

感想:
詩人でも画家でも何でも、芸術家として何かを生み出す人たちは私から見るとどこか変わっている。この詩人はそれを誇張したようなキャラクターで、感受性が高く、正常な時でも奇妙で少し狂っていて、何かを生み出す苦しみと喜びとか、そういうものが染み付いているような人だと思った。実在するジョン・キーツの詩『ハイペリオン』と『ハイペリオンの没落』と、この話の詩人が書いた『ハイペリオンの詩』はどういう関係にあるのかよく分からない。さらに、詩人と『ハイペリオンの詩』が生んだとおぼしき「怪物」は何なの?あれがシュライクってことはあるんだろうか。謎は深まるばかりだけど、この詩人(もしくは『ハイペリオンの歌』)が話全体のカギになるかもしれない、というのはなんとなく分かったかも。


<下巻>
4)学者の物語:忘却(レーテー)の川の水は苦く
冒頭:ソル・ワイントラウブと妻のサライは、もともと充分に人生を楽しんでいたが、娘のレイチェルが生まれてからというもの、日々の暮らしはふたりの想像を超えて充実したものになった。
内容:長じて考古学者になったレイチェルはハイペリオンに調査に行き、そして<時間の墓標>の中でひとり事故に遭った。その結果は驚くべきもので・・・。

感想:
6話中で一番印象に残ったのがこの話。泣きました。想像を絶する悲劇とはこのことだ!つらい毎日の中で繰り返される「レイター、アリゲーター」「ホワイル、クロコダイル」の挨拶。(この挨拶は聞いたことがあるけど、ダン・シモンズのオリジナル?)状況はこれも、とてつもなくファンタジックでサイエンスの欠片もないが、この話は語り手が良かったのか、想像力に訴えかけられて話に呑まれてしまった。

5)探偵の物語:ロング・グッバイ
冒頭:男が事務所にはいってくるなり、こいつは特殊な事件だなとピンときた。美男(びじん)だった。
内容:探偵をしているM・ブローン・レイミアの元に、ジョニイと自称する男が訪ねて来た。自分を「殺した」犯人を調べて欲しいと言う彼は、詩人ジョン・キーツの人格を元に作られたAIだという。世界全体の力関係とその中のジョニイの位置、ジョニイとジョン・キーツの詩『ハイペリオン』との関わりと、レイミアとジョニイのラブストーリー。

感想:ややこしくて分からなかった個所がかなりあるものの、28世紀の世界の状況が少しずつ見えてきた。でもジョニイが一体何者なのかよく分からなくて気になる。クローンのようで、人間に近くて、レイミアが妊娠できて、そして「本体は機械なんだ」とはつまりジョニイはどういう存在なのよ、実際?「人間になった」ってどういうこと?

6)領事の物語:思い出のシリ
冒頭:険しい丘を登ってシリの墓を訪ねたのは、回游群島が赤道多島海の浅瀬にもどってきた日のことだった。
内容:星から星へ瞬時に移動できる転移システムが無かった時代の、宇宙船乗りのマーリンと、未開の惑星の娘シリとのラブストーリー。ふたりが始めて会ったのはマーリンにとっては5年前、惑星の時間では65年以上前のことだ。光速船に乗って数ヶ月ぶりにマーリンが帰ってくると、惑星では11年の時が過ぎ去っている。

感想:ある意味、これは究極のラブストーリーという気がする。この話の語り手、領事はマーリンとシリの孫にあたる。今読み直したら、領事はこの本に名前が出ていないらしいことが発覚!最初からずっと「領事」のままだ!

■今回ハイペリオンへ巡礼に向かった人たち
ルナール・ホイト・・・・・・・「司祭」
フィドマーン・カッサード・・「兵士」
マーティン・サイリーナス・・「詩人」
ソル・ワイントラウブ・・・・・「学者」
 *レイチェル・・・・・・・・・・・・ソルの娘
M・ブローン・レイミア・・・・「探偵」
????? ・・・・・・・・「領事」名無し
ヘット・マスティーン・・・・・巡礼者のひとり。途中で行方不明になる。

■内容紹介文(文庫より)
28世紀、宇宙に進出した人類を統べる連邦政府を震撼させる事態が発生した!時を超越する殺戮者シュライクを封じこめた謎の遺跡―古来より辺境の惑星ハイペリオンに存在し、人々の畏怖と信仰を集める"時間の墓標"が開きはじめたというのだ。時を同じくして、宇宙の蛮族アウスターがハイペリオンへ大挙侵攻を開始。連邦は敵よりも早く"時間の墓標"の謎を解明すべく、七人の男女をハイペリオンへと送りだしたが…。(上巻)
迫りくるアウスターの脅威と、殺戮者シュライクの跳梁により惑星ハイペリオンは混乱をきわめていた。連邦政府より命令をうけ、この地に降りたった、神父、軍人ら経歴もさまざまな七人の男女は、一路"時間の墓標"をめざす。その旅の途上で明らかにされていく、数奇な宿命を背負う彼らの波瀾にみちた人生の物語とは…?あらゆるSFの魅力を結集し、卓越したストーリーテリングで描く壮大なる未来叙事詩、ここに開幕!ヒューゴー賞ローカス賞星雲賞受賞作。(下巻)