マレー鉄道の謎

今だからこそ問う真正面の「本格」!
マレー半島を訪れた推理作家・有栖川有栖と臨床犯罪学者・火村英生を待ち受ける「目張り密室」殺人事件!外部へと通じるあらゆる隙間をテープで封印されたトレーラーハウス内の死体。この「完璧な密室」の謎を火村の推理は見事切り伏せられるのか?真正面から「本格」に挑んだ、これぞ有栖川本格の金字塔!

やっぱり長編は短編とは違う破壊力がある。場面や人物の細かい描写とか、延々と続くアリスと火村の会話などのシーンも、短く事件を切り取っている短編ではありえない楽しさだ。この話の第一の特徴は、舞台が海外だということ。旅先が舞台になったことは何度もあるけれど、日本の外で起きた事件はこれが初めてのはず。マレーシアのキャメロン・ハイランドに住む友人を訪ねた火村とアリスが事件に巻き込まれるという設定。マレーシアの隣国インドネシアに旅行中に読んだせいで文章にやたらと臨場感があって、日系人社会や、現地の人々の独特のクセのある英語などを勝手に行間から読み取って面白がってしまった。一貫してアリスの視点で描かれているので、英会話で彼が聞き取れなかった部分は「××××××××(聞き取り不能)」などと書かれているのも表現として面白いと思った。

この話に限らず、有栖川ミステリは人物の描き方がわりとあからさまなので、描写が綿密な長編ほど犯人と事件の動機は早いうちに想像がつくことが多い。この話もまた、出てくる人がみんな怪しく見えてこの人かと思ったらあの人、あの人かと思ったらまた別の人が怪しく見えるというタイプの本ではない。性格が悪そうだったり、怪しかったり、何か隠してそうだったりする人、愛すべき人物、妙に可愛い人、面白い人など色んな人間が出てきて、そういうキャラクターたちを見ていると、次に誰が殺されるかとか犯人が誰かも大体の方向が分かってきてしまう。これは好みの問題だけれど、私は有栖川ミステリのそういう「人間の描き方」こそが好き。何か文学的な深さ、優しい視点を感じるので読みやすいのかもしれない。しかも、犯人は分かってもトリックは想像がつかなかったりするからミステリとしてもおもしろいし。犯人はあの人に間違いないけど、でもどうやって殺したのか?とずっと考えながら読む感じで。